55歳の誕生日に寄せて~

ジョイアロンについて

今週末、私は55歳の誕生日を迎えます。ついに半世紀以上を生きてきたことになりますが、振り返ると本当にあっという間でした。

4月の第一週に生まれたため、私の誕生日は新学期が始まる前に訪れます。そのせいで、子どもの頃はちょっとした勘違いをされることもありました。

新しいクラスで「初めまして」の挨拶をする前に年齢が一つ増えるため、時には「留年しているの?」と疑われることも。特に中学・高校時代は、3月生まれの同級生とはほぼ1歳違うことになり、「先輩!」と冗談で呼ばれることもありました。

さらに、小学校6年生の時点で私はすでに160cmあり、クラスの中でも大きいほうでした。

修学旅行の写真を見ると、まるで引率の先生のような存在感。中学時代も体格がよく、顔立ちも大人っぽかったため、実年齢より上に見られることが多かったです。

30代半ばまでは年上に見られがちでしたが、年齢を重ねるにつれ、実年齢とのギャップがなくなり、今では「年相応」になったと感じています。

そんな私は3人兄弟の長女として育ちました。いつも後ろをついていくよりも、先頭に立って行動するタイプ。

特に4月生まれの人には、こういう性格の人が多いのではないかと個人的に思っています。

誰かに指図されるのが大嫌いで、相談せずに自分の判断で突っ走ることもしばしば。

その結果、失敗することも多かったですが、それでも「自分の選択で生きる」ということにこだわってきました。

中学時代は反抗心が強く、親や先生、校則など、あらゆるものに反発していました。

その背景には、父の考え方への違和感があったのかもしれません。

父は典型的な男尊女卑の価値観を持ち、「女は商業高校へ行き、地元の役場に勤めて20歳で職場結婚し、長男を産んで夫の家のために生きる、それが女の幸せ」と繰り返し言っていました。

しかし私は、「なぜ女だからといって、自分の人生を誰かのために捧げなければならないのか?」と強く疑問を抱いていました。

同級生の男子と体力でも勉強でも対等に競い合いながら育ってきた私にとって、「女だからこうしなさい」と決めつけられることは耐えがたいものでした。

父だけでなく、当時の田舎の社会全体がそうした価値観に染まっていた気がします。

そんな環境にいることがとても息苦しくて、早く自由になりたいという気持ちが芽生えていったのです。

そして私は、岐阜の片田舎を飛び出し、東京へやってきました。特に人に誇れるような仕事や大きな実績があるわけではありません。

でも、自分の意志で選んだ道を歩んできたことに、後悔はありません。

50歳を超えて改めて振り返ると、過去の自分の価値観や生き方が、今の自分にしっかりとつながっていることを実感します。

周りに流されることなく、自分で考え、自分で決めて生きてきたことは、何よりの誇りです。これからの人生も、そんなふうに「自分らしく」歩んでいきたいと思っています。

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