2025年、現在55歳、都内在住、独身ひとり暮らしの派遣社員、ジョイアロンです。
高校卒業後、18歳で上京し、レストランでのアルバイト、販売職を経て、現在は金融機関のシステムヘルプデスクで派遣社員として働いています。
年収は約300万円、手取りで月20万円ほど。日本の平均年収(458万円)と比べると低めですが、現在の金融資産は2,000万円を超えています。
家賃や物価の高い東京での生活において、貯金や投資の余裕があるとは思えないかもしれません。
しかし、堅実な家計管理と計画的な資産運用によって、ここまで資産を築くことができました。
本記事では、私の資産形成の過程を振り返りながら、具体的な方法をまとめます。
同じように独身で老後の生活やお金の悩みを抱える方々にとって、少しでも参考になればと思います。
18歳:上京とアルバイト生活(1989年)
高校卒業後、中部地方から東京へ。昼はレストランで接客のアルバイトをし、夜は服飾デザイン専門学校に通っていました。
収入・生活費
- 時給860円、8時間勤務(休憩1時間)、週6日
- 手取り月収13万円
- アルバイト先の女子寮に入居(寮費5,000円、家賃・光熱費込み)
- 親に初年度の学費を支払ってもらい、2年目の学費は自分で負担(月5万円を貯金)
当時はバブル期の終盤で、郵便貯金の定期預金金利が6.33%と高く、2年間で120万円を貯め、翌年の学費と一人暮らしの資金に充てました。
20歳:初めての一人暮らし(1991年)
婦人服販売の仕事をしながら、専門学校に通い続けました。
収入・生活費
- 日給8,500円(週6勤務)、手取り月収18万円
- 家賃:49,000円(日野駅徒歩5分の木造アパート)
- 生活費、学費を差し引くと、貯金の余裕はほぼなし
この頃、マルチ商法に騙され、借金を背負ってしまいました。
23歳:借金返済と引っ越し(1993年)
サラ金から借りた150万円を返済し、東京都下の日野市から23区の中野区へ引っ越し。
スタイリストのアシスタントやファッションショーのフィッター、テレビ局の衣装スタッフなど希望していた仕事を経験しましたが、給料が少なく、生活が成り立ちませんでした。
収入・生活費
- アシスタントの仕事は日給5,000円
- 労働時間が長く、交通費も自腹
生活の厳しさから販売職に戻ることを決意。
25歳:販売職に復帰し、収入安定(1995年)
渋谷の百貨店で働いた後、大手アパレルメーカーに販売社員として入社。
収入・生活費
- 年収300万円(手取り月収18万円、ボーナス50万円)
- 家賃60,000円、食費30,000円、趣味娯楽6,000円、交際費10,000円
- 毎月2万円+ボーナスの余剰分を貯金
- 年1回の海外旅行を楽しみつつ、着実に貯金
この頃から家計管理を徹底し、無駄遣いをしない習慣が身につきました。
30歳:店長になり収入アップ(2000年)
ショップの店長となり、年収350万円に。
貯金状況
- 手取り月収20万円、ボーナス50万円
- 毎月2万円の積み立て、年間貯金額約50万円
- 30歳の時点で貯金150万円
しかし、この後デイトレードで大きな失敗を経験します。
34歳:株式投資で大失敗(2004年)
定期預金の低金利に不満を持ち、株のデイトレードに手を出す。
結果
- 1年半で100万円がほぼゼロに
- 「資産形成に近道はない」と痛感
37歳:マンション購入と退職(2007年)
仕事のストレスでうつ病を発症し、退職を決意。
資産状況
- 貯金約300万円
- 退職金100万円はヨーロッパ旅行で使い切る
- ワンルームマンションを購入し、貯蓄はゼロに
人生をリセットし、再スタートを決意。
38歳:派遣社員として再スタート(2008年)
金融機関のシステムヘルプデスクで派遣社員として勤務開始。
収入・生活費
- 年収300万円(時給1,680円、手取り月収20万円)
- 生活費145,000円、月5万円の貯金
- 販売職と比べてストレスが減り、心身ともに楽に
45歳:副業と投資を本格化(2015年)
貯金が300万円ほど貯まり、副業を開始。
目的
- 派遣社員のままでは収入が上がらない
- 60歳までに老後資金1,000万円を貯めたい
この頃から投資の勉強を再開し、NISAを活用しながら資産運用を本格化。
まとめ
資産形成は試行錯誤の連続でしたが、
- 生活費を管理し、堅実に貯金
- 無駄遣いせず、目的を持ったお金の使い方をする
- 失敗を教訓にし、資産運用を改善
これらを徹底し、現在54歳で金融資産2,000万円を達成。
これからも老後に向け、より安心できる資産形成を続けていきます。
少しでも皆さんの参考になれば幸いです。
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